易経の起源 その3 最初に64卦(Hexagrams)があったのか?

前回、”易経の起源 その2 易経と遺伝子との奇妙な関係 ”において、私は遺伝子の構造と易経の類似点を説明し、そのうえで、

「易経は、その起源がもともと、なんらかの方法で見出された遺伝子の構造モデルの一つである、と仮定してみたらどうなのか?」

という仮説を立ててみました。

今回、この仮説に基づいて易経の起源を考えてみたいと思っています。

易経における「陰陽の発達」は逆?

前々回の”易経の起源 その1 易経の成り立ちに関する「定説」”の回で「八卦(The Eight Trigrams)の生成」の図を引用しました。

もう一度ウィキペディア「易経」から引用してみます。

ウィキペディア「易経」より、「八卦の生成」の図
ウィキペディア「易経」より、「八卦(The Eight Trigrams)の生成」の図

この図は、「定説」としての易経の成立過程を示します。

易経の成立過程は最初に「陰」「陽」だけがありました。

これが発達していきます。


陰と陽

四象(The Four Symbols)

八卦(The Eight Trigrams)

64卦(Hexagrams)


こうして「陰」と「陽」が発達してできたのが64卦(Hexagrams)である、というのが易経の定説です。

これは、伏羲が「八卦(The Eight Trigrams)」を作り、神農がこれを重ねて「64卦(64Hexagrams)」を作った、という伝説に基づいています。


しかし昔から私は思っていたのですが、「なにかが不自然」なのです。

定説では、原始の占いは「八卦(The Eight Trigrams)」で占われたといいます。


しかし、これでどのような占いが行われたのか?を証明してくれる資料はありません。

つまり、もともと「八卦(The Eight Trigrams)」で易経は占いを行っていた、という説も推測に過ぎず、証拠もありません。

また、この八卦(The Eight Trigrams)で占いを行うとするならば、どうやって占うというのでしょう?

八卦(The Eight Trigrams)にはそれぞれ、属性は与えられているものの、この属性はなにかを判断するには適していません。


・・・むしろ、八卦(The Eight Trigrams)は、64卦(Hexagrams)を成分にわけて説明する目的に適しています。

実際に八卦(The Eight Trigrams)は、64卦(Hexagrams)の内容を分析するための「要素」として最初から書かれていると思います。


また、「四象(The Four Symbols)」については、易経のテキストの中ではまったく「無視」されています。


陰と陽

四象(The Four Symbols)

八卦(The Eight Trigrams)

64卦(Hexagrams)


もし、易経が上記のように、占い方の「発達」の結果できたものだとするならば、発達段階で「四象(The Four Symbols)」も占いとして重要な役割を果たしていたはずです。

しかし、その痕跡が易経の内容にはまったく見当たりません。

また四象(The Four Symbols)で占う方法が「あった」とするならば、それはどのようなものでしょうか?

そのように考えるとき、やはり四象(The Four Symbols)は占いに適さないと私には思われるのです。


陰陽だけならばまだわかります。

陰ならNO、陽ならYESですっきり「判断」することはできます。


ここで、「易経は、その起源がもともと、なんらかの方法で見出された遺伝子の構造モデルの一つである」としてみます。

すると、「八卦(The Eight Trigrams)の生成」の図は、まったく逆になります。

最初に64卦がまずあって、それを説明するために八卦が書かれた?
最初に64卦(Hexagrams)がまずあって、それを説明するために八卦(The Eight Trigrams)が書かれた?

つまり、


「64卦(Hexagrams)が最初にあった」

↓ 分析説明のため

八卦(The Eight Trigrams)

↓ 細分化

四象(The Four Symbols)?占いには不要?

↓ ミクロ分析

陰と陽の根本的な意味

東洋的な二元論の哲学の発展


むしろ、こう考えたほうが「八卦(The Eight Trigrams)」については合理的に説明できるのではないでしょうか?

そもそも、四象(The Four Symbols)はほぼ無視されているのです。

その理由は、64卦(Hexagrams)が最初に存在したのならば、その説明を行うための「要素」としては八卦(The Eight Trigrams)だけで十分だったからではないでしょうか。

占いの表象として、六つの爻(Lines)でできた卦(Hexagram)を分析するにあたっては、上下で分けて分析するか、上中下で三分にするか、いずれかでしょう。

でも、上下だけに分けたのほうがわかりやすいでしょう。

「コドン」を二進数で表記すれば64卦(Hexagrams)になる

しかし、もし「64卦(Hexagrams)が最初にあった」とすると、なんのために?

という疑問が出て来ます。

これに対しては次のような仮説を立てることができます。


もし古代世界に遺伝子のコドンの存在を知るものがいたとする。

四つのヌクレオチドのうち、三つで表記される「コドン」を、「0,1」の二進数で表記すれば、64卦(Hexagrams)になる。


ウィキペディア「コドン」より引用のRNAの模式図
ウィキペディア「コドン」より引用のRNAの模式図

二進数というのは、「記号二つだけで書かれる言語」です。

実はコンピュータによるデジタルな情報表記はすべてこの二進数で書かれており、現代文明は、二進数と二進法を発展させたものなのです。

むろん、「易経とはもともとそうであった」と証明する方法はありません。

なので、ここまで見てきたような易経とコドンの一致点については、「まったくの偶然」というよりほかはありません。

しかし、


もし古代世界に遺伝子のコドンの存在を知るものがいたとする。

四つのヌクレオチドのうち、三つで表記される「コドン」を、「0,1」の二進数で表記すれば、64卦(Hexagrams)になる。


というのは、数理的な「事実」です。

したがって「易経はコドンを表している」とは証明はできないにせよ、「コドンの種類やメカニズムを二進数で表記しようとすると、解答は易経になる」は証明できるのです。


では、「コドンの種類をデジタルした64通りの二進数記号がはじめにあった」とした場合、次のような仮説も出て来ます。


「易経の64卦(Hexagrams)は、元々がコドンの表記であった。

だが先立つ文明の消滅あるいは民族の消滅などにより失われてしまい、やがて我々の祖先は当初の意味を知らぬままにこれを受け継いだ。

そして私たちの祖先はこれを占いに使用するようになった。」


この仮説を、「科学的」と言うことはできません。


しかし、私たちが仮説を立てたり、想像することは自由なはずです。

むろん、科学を否定していない私も、こうした仮説は証明手段もなく、限りなくファンタジーに近くなることはわかったうえで書いています。

でももし、そのような起源で易経が成り立ってきているのだとしたら・・・と想像するのは面白いではありませんか?

遺伝子の存在を暗示させる易経

ついでに、この際、易経と遺伝子には他にも奇妙な相似があることを書いてみます。

前々回のこのブログでは、伝説では易経の八卦(The Eight Trigrams)を作ったのは伏羲とされていることを紹介しました。

伏羲は神話上のテリアントロプス(半獣半人)です。

上半身が人間で、下半身が「蛇」です。

実は伏羲は、女媧と一対で描かれます。

彼らは螺旋状に体を絡ませた姿で描かれることが多いのです。

前回も引用した、ウィキペディアに記載されている伏羲と女媧の絵
ウィキペディアに記載されている伏羲と女媧の絵

ワトソンとクリックの解明した遺伝子モデルは、二本の鎖がくっついて螺旋状になっています。

・・・伏羲と女媧は、非常にワトソンとクリックの遺伝子モデルと酷似しています。

ウィキペディア「フランシス・クリック」より引用のDNA二重らせんモデルの図表
ウィキペディア「フランシス・クリック」より引用のDNA二重らせんモデルの図表

また、伏羲と女媧は、それぞれ手に、「直角定規」と「コンパス」を持っています。

「直角定規」と「コンパス」は、実は建築学の基本です。

伝統的な大工さんは、家を設計して実際に組んでいく際に、「直角定規」と「コンパス」だけしか使いません。

これは、日本に限ったことでなく、世界中どこでも建築は古来「直角定規」と「コンパス」こそが基本であり、すべてでもあるのです。

ちなみに、古代の石工の技術に由来するといわれる、公然たる秘密結社として知られるフリーメーソンもまた、そのシンボルとして「直角定規」と「コンパス」を用いています。

ウィキペディア「フリーメーソン」より引用のフリーメーソンのシンボルマークの一つ、「直角定規」と「コンパス」
ウィキペディア「フリーメーソン」より引用のフリーメーソンのシンボルマークの一つ、「直角定規」と「コンパス」。なぜか伏羲と女媧も手には「直角定規」と「コンパス」をもって描かれている。

改めてウィキペディア「伏羲」に掲載されている伏羲と女媧の図を引用していますが、この絵は、

「われらは一対の螺旋状となっている遺伝子である。われらは、あらゆるすべての生命の設計図であり建築者である」

と語っているかのようです。

遺伝子から実際の体の構造物となるたんぱく質を作り出すには、mRNAに遺伝子がもっている情報を転写してリボゾームに伝達する必要がありました。

mRNAに書かれるすべての「コドン」は、数理的にきっかり64通りなのです。

伏羲と女媧は遺伝子本体を象徴しているのでしょうか?

なんの証明もできませんが、偶然にしてはあまりにも象徴的に相似しすぎています。


絡み合う二匹の蛇

ところで、伏羲と女媧と似た、「絡み合う二匹の蛇」というモチーフは、古代から世界中に存在します。

なかでも有名なものは、「ヘルメスの杖」と呼ばれる、ケーリュケイオンでしょう。

この図象は、ウィキペディアでは次のように説明されています。

ウィキペディア「ケーリュケイオン」より引用の「ヘルメスの杖」と呼ばれる図象
ウィキペディア「ケーリュケイオン」より引用の「ヘルメスの杖」と呼ばれる図象。医学や商業、流通のシンボル、なんとヘルメス自体にもRNAと同様の「メッセンジャー」としての意味合いもあるという。

ケーリュケイオン(古代ギリシア語: κηρύκειον, kērukeion)またはケリュケイオン、カードゥーケウス(ラテン語: caduceus, cādūceus, 「伝令使の杖」の意)、カドゥケウスとは「聖なる力を伝える者が携える呪力を持った杖」[1]、ヘルメスの杖とされており[2]、この杖が象徴するものは平和・医術・医学・医師[2]・商業・発明・雄弁・旅・錬金術など[3]。しばしば「杖にからむ蛇」として表される螺旋(らせん)は生命力や権威などを象徴しており、「ギリシアの医療神アスクレピオスのもつ杖や,ヘルメス神の持物のカドゥケウスにおける二重の蛇の螺旋は,いずれも超自然的な力を示す」とされる[4]。

医科大学、病院、商業大学、商業高校などのシンボルマークや校章としてこれはよく見られるものです。

そもそも「ヘルメス」は、mRNAと似た機能をもった神話上の神です。

ウィキペディア「ヘルメス」のページには、次のように書かれています。

ヘルメース(古希: Ἑρμῆς、古代ギリシア語ラテン翻字: Hermēs)は、ギリシア神話に登場する青年神である[1]。長母音を省略してヘルメスとも表記される[1]。

オリュンポス十二神の一人。神々の伝令使、とりわけゼウスの使いであり、旅人、商人などの守護神である[1]。流れ(flow)[2]や万物流転(flux)の神とも言われており[3][4]、それは例えば流通(商品や貨幣)[2]、流浪(旅)[2]、液体(水や水銀)[2]、転換や解釈(ヘルメーネウティコス)[2]、ひねりや創意工夫などとされる[3]。

ヘルメースは「商業・盗賊・雄弁・科学の神」[5]、「科学・弁舌などの神」[6]、「神々の使者」などとされており[6]、また彼が司るものは「学術」・「発明」・「体育」・「旅人」・「羊の群れ」・「死者の魂」など[7]。ヘルメースは錬金術では水銀、占星術では水星を指す[8]。カードゥーケウス(ケーリュケイオン)という超自然的な杖を持っており[9]、これを印として冥界・地上世界・天界を往復する[10]。

「伝達者」というヘルメスの性質は、まさにmRNAのはたらきそのものといっていいものです。

また、「転換や解釈」を意味するのですが、これもまたコドンをたんぱく質に転換させるという意味でmRNAと非常に近いものがあります。

二匹の蛇、羽の生えた双頭の蛇といったイメージは、中南米の遺跡からも発見されるモチーフです。

いずれも医術や神の使いといった意味を含む象徴として登場します。

これらは、「遺伝子の存在を表している」とは科学的には断言できません。

しかしこれらがmRNAの働きや性質を「暗示」させるものであることは、興味深く思われます。

古代の文明には謎が多い

さて、易経の起源をめぐる仮説はここまでにしておきます。

こうした仮説がこのブログの本題ではありません。

またここまで私が書いたような内容は、科学的証明手段を持ちません。

証明手段のないものは、科学の対象にはならないということです。

現代科学は、「文明は常に現代を頂点として右肩上がりに発達してきた」という前提で成り立ちます。

しかしながら、古代においては、現代文明では追いつけぬ技術が存在した可能性はあります。

実際に現代科学では説明不能な問題が多数あります。

たとえば、ギザの三大ピラミッドについては、現代の建築工学ではこれを建造することはできません。

ウィキペディア「三大ピラミッド」より引用の、ギザの三大ピラミッド写真
ウィキペディア「三大ピラミッド」より引用の、ギザの三大ピラミッド写真。現代工学ではこれを作ることはできない。どういう工法で作られたのかは記録も残っておらず、また石でできているため建造年代も特定できない。

現代の技術では、ピラミッドに使用されている巨石を採石場から運搬することすら不可能です。

科学が「史上、一番技術が発達している」と標榜する現代の文明では不可能なのです。

どうやってこれを建造したのか?については現代文明ではその方法がまったくわからないのです。

また、ピラミッドの建造年代も実はわかっていません。

公説ではピラミッドは紀元前2400年前後に建造されたと言われます。

ピラミッドは無機物である石で組まれています。

なので、有機物であれば使えるはずの放射性炭素年代法もピラミッドでは通用しないのです。

客観的に見て、もしこれが一万年以上前の時代に建造されたものだとしても、科学的に言うならば別に不思議なことではありません。


易経も、その64卦(Hexagrams)については作者や成立年代が不明な知識です。

その起源についても謎です。

だから、易経は元々、遺伝子の働きを記したものであったのかもしれない、という仮説も成り立ちます。

しかし仮説は仮説にすぎず、実証できないという意味では想像です。

証明も不可能でしょう。

ただ、64卦(Hexagrams)が実は「デジタル」の言語である二進数で表現されていること、そしてその構造が「コドン」と同じであることは数理的な事実です。

遺伝子と易経にこうした相似点があることや、伏羲と女媧のイメージが遺伝子の二重螺旋構造と似ているということは、科学的には証明できません。

でも限りなく私たちの想像を広げてくれます。

イマジネーションこそ、人間が発展するための源であると私は信じている人間です。

なので少し仮説を展開してみたのです。

次回以降、視点を変えて今度は易経と現代心理学、物理学への影響と関係について書いてみたいと思います。


0 件のコメント :